淫夢とネット、そして私

はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」

この記事はゲイを含む性的マイノリティの方にとって非常に不快な要素(淫夢)への言及を含みます。

 

 

 

淫夢厨だった私とニコニコ

白状すると、私は淫夢厨でした。

私がニコニコに触れたのは2014年頃、淫夢だけでなく、クッキー☆、ハセカラ、syamu_game、aiueo700など、ニコニコでいわゆる「例のアレ」がランキング上位を度々独占していた時代でした。*1

それ以前からニコニコや2ちゃんねる(5ちゃんねる)などの掲示板では「人をおもちゃにして遊ぶ」文化が盛り上がりを見せていて、上で挙げたジャンルはほぼ全てそうしたノリの中から生まれたものです。

 

それから時は流れ、世間でも自分の周りでも本当に多くの出来事がありました。

 

淫夢はいつしかニコニコの内輪ノリからツイッターでの語録遊びへと主な舞台を移し、bilibiliやYoutubeを通じてアジアや、その先のネットへと拡散していきました。

ネットメディアや一部主流メディアに(ぼかした形であるものの)散発的に取り上げられたこともあり*2、その姿はすでに「同性愛を笑い者にする」過去のものではなく、代わって「面白い素材と語録でふざける」遊び、いわばアニメや漫画のキャラクターをいじるのと同列に認識されるようになっていきました。

 

もちろん、以上はあくまで淫夢厨だった私の目から見た変遷であって、当時も今も世間一般の淫夢に対する認識は「ゲイの人をバカにしている」というものでしょう。しかし、ツイッターの一部ユーザーや、有名配信者、声優*3などが実にカジュアルに淫夢ネタを使用する背景には、こういった「身内の認識」の変化があるのだと思います。

 

例えばの話ですが、おそらく、いま淫夢ネタで笑っている中学生に「それはLGBTを差別するネタなんだよ」といっても理解されないと思います。

「ホモビの演出や出演者の演技がガバガバで面白いから笑ってる」とか、「野獣先輩の言動がいちいち面白いから笑ってる」とか、とにかく「ゲイの人を笑い者にしたいから」という答えは返ってこないでしょう。

その説明が客観的に見て通用するかはともかく、多くの淫夢厨にとって淫夢ネタで笑うことと、本心からの差別は別だという認識だと思います。

 

しかし、今も昔も淫夢から加害を受けている人たちは実際に存在します。どう言い逃れをしようと、私も含めて淫夢厨は全て加害者である、ということは厳然たる事実です。

 

ただ同時に、平野店長こと平野源五郎氏がツイキャスで視聴者と交流した例*4、ONDISKこと小野大輔氏がVTuberとしてデビューした例*5、さらにレスリングにまで遡れば、ビリー兄貴ことビリー・ヘリントン氏が来日した例*6など、「おもちゃにされる側」であるはずの対象と、「おもちゃにする側」であるはずの視聴者との奇妙な交流、対話が生まれることもありました。

また少数ではありますが、自らもゲイでありながらネットで淫夢語録や淫夢ネタを使用する人たち、また淫夢をきっかけに自身の性的指向を自覚した人も存在します。

 

それゆえ、私は淫夢厨=同性愛差別主義者、と単純にくくることができず、もやもやした考えを抱えたまま文章化できずにいました。

 

淫夢、差別と今

しかし、2020年代を迎え、オリンピックを巡るゴタゴタによって日本の抱える様々な問題点が明らかになった今、一つ自分の中で明確になったことがあります。

それは、2010年代に淫夢や例のアレによって浮かび上がったものは、それ以前からネット空間に存在し続けてきたものでしかないということです。

 

阿部さん、レスリング、淫夢という風にネットの「同性愛ネタ」が受け継がれているのと同様、根暗、ヲタク、陰キャ、チー牛といった用語の変遷から、「黙ったほうが負け」「感情的になったほうが負け」「長文はキモい」「ソースを示さないと負け」…etcといったネットでの議論(レスバ)における不文律の存在*7まで、今日までネット文化を構成する数々のコンセプトというのは、殆どが90年代後半からゼロ年代初期にかけ成立したものの焼き直しでしかありません。

 

小山田圭吾氏の辞任でにわかに関心が高まった90年代サブカルの「悪趣味系」の系譜も、その後あめぞう2ちゃんねるからニコニコ動画、まとめ、ツイッターへと連綿と受け継がれ今へと至っており、決して消えてなくなったわけではなく、むしろネット文化のメインストリームへと流れ込んだものの一つです。*8

 

そうした一つ一つがいま、吟味され、総括される時期に差し掛かっているのだとすれば、この先淫夢や例のアレへの言及を避けてネットや差別を論ずることは不誠実であるとすら言えるかもしれません。

 

なぜなら、現在のネットで問題になっている差別、ヘイトスピーチ、誹謗中傷といったものは本当に長い間存在してきましたが、それらが日本を代表する動画サイトのランキングを独占するという誰の目にも明らかな形で示されていたにもかかわらず、長く無視され続けるという事態がなぜ成立していたのか、それに嫌でも答えなくてはならないということだからです。

 

そこに私は、90年代サブカルと当時の左派知識人たちの相似形を見いだしてしまいます。

 

今ネットでリベラルな主張を掲げる人たちは、「見えない差別」をなくすべきだといいます。一体何が「見えない」のか、単に「見ようとしない」だけではないのか。ずっと存在していたはずの「いじめ告白」が、ある日を境に突然問題視され、告発され、批難されるといった出来事を見聞きするにつけ、そう感じずにいられません。

 

悪辣な個人の過去は容赦なく徹底的に糾弾され、かたやネットを長く使っていれば誰もが一度は耳にしたことがあるであろう「淫夢」の組織的な加害性は放置されてきたのです。

 

あるいは、彼らはいままでもっと大きなこと、例えば法制度を変えることや、裁判で権利を勝ち取ることなどに目を向け、エネルギーを注いできたのかもしれません。

 

しかし、そうしている間にもある男性は「一生ネットの晒し者」などと言われ、数々の嘲笑を浴びせられてきました。淫夢風評被害を受けたボイスドラマに出演した女性は、未だにネットストーカーの標的にされています。

また、淫夢以外にも例のアレでは、統合失調症や知的障害を抱えた人、病気で壊死を患うホームレス、電車やバス内で奇異な言動を取る人が代わる代わる晒され、住所を特定され、いたずらで済まないような犯罪行為の対象になってきたのです。*9

そしてそれらの行為に、一定数の淫夢語録ユーザー、即ち各ジャンルに出張していた淫夢厨の存在が加担していたことは、疑いようのない事実です。*10

 

これらの過程は克明に、そして詳細に記録され、誰もが参照できるネット上に公開されています。*11

ここまであからさまな人権侵害が目の前で展開されている間、それに対する言及が全く広がりを見せなかったことは、無知や無関心だけが理由とは到底考えられません。

そうした状況にあえて触れることを避ける心性が、普段はリベラルとして振る舞い、差別に怒りを覚えるはずの人々の中にすら存在していなければ説明がつかないのです。

 

そして、淫夢について否定的に言及する際、常套句のように「オワコン」という言葉が使われてきました。

そろそろ、現実を見るべきではないでしょうか。

淫夢が最初に「オワコン」といわれてから、一体何年の月日が経ったのでしょう。少なくとも10年、オワコンと言われ続けながら淫夢ネタはネット中へと拡散し、今では小学生すら野獣先輩の顔を知っている有様です。*12 この間に当事者の方々にもたらされた加害というのは、実に気が遠くなるようなものでしょう。仮に傍観がそれだけで罪であるなら、このことは一体どのように形容されるべきなのでしょうか。

 

淫夢を肯定するにしろ否定するにしろ、身内にしろそうでないにしろ、「淫夢がこれまでまともに語る対象とされてこなかった」という一点については意見が一致すると思います。*13

そして、それは決して淫夢が「無害」だったからではなく、「取るに足らない」存在だったからでもなく、淫夢や例のアレの話題に触れること自体が、(例えそれが差別を指弾するためであっても)忌避され続けてきた結果に他ならないと考えます。

 

故に、淫夢や例のアレ、それぞれの加害の実態も知られないまま、ただ漫然と無視されるか、「うざい/気持ち悪い/理解できない」と表明するレベルの手ぬるい批判しかされてこなかったのです。

 

淫夢と真正面から向き合おうとした当事者の方や、それを実際の動きへと結びつけようとしていた人たちがいたことも知っていますが、そうした人たちがいくら動いても、人々の反応が鈍く、関心が集まらないまま忘れ去られていったのも、一つにはそういった要因があるように思えます。*14

 

まとめ

おもちゃにされた彼ら/彼女らの「どうして誰も味方してくれないのか」という嘆きは誰にも届きませんでした。誰もが触れることを拒み、「見えないもの」として扱われ、そして逃げ場のない苦しみの中に閉じ込められる、そんな剥き出しの差別と暴力は「いま」「ここ」で繰り広げられている最中です。

 

私は、これを読んだ誰かが上記のような状況を改善するために行動するなどとは微塵も考えていません。私はかつて、淫夢を消費し、それを恥じることなく笑い転げていて何ら痛痒を覚えていませんでした。

 

それと同じく、そうした無数の人達によってこれからも淫夢は続けられていくのだと思います。多くの傍観者達に支えられて。

 

 

*1:ASCII.jp:ある意味とてもニコ動らしい淫夢動画の世界 (1/3)

「例のアレ」カテゴリのブームはどう移り変わってきたか? 月間ランキングを年ごとに見る(2007-2016年) | 文脈をつなぐ

*2:とりわけ、NHKがネタにしたことは大きかったと思います。

NHKに「真夏の夜の豚夢」「野豚先輩」が... 「ねほりんぱほりん」小ネタにネット爆笑: J-CAST ニュース

NHKが禁断の「真夏の夜の淫夢」ネタ 平成ネット史のツイートに衝撃 - ライブドアニュース

*3:例えば、ゆゆうた氏が過去にハセカラや淫夢といった例のアレに深く関わっていたのは誰もが知るところですし、声優の杉田智和氏はドキュメンタリーの吹き替えで淫夢語録でふざけきったことがあります。

人気配信者・ゆゆうた、唐澤弁護士ネタに「再生数や知名度を稼いでいた」と反省 関連曲は「今後一切歌わない」: J-CAST ニュース

声優・杉田智和さんのさりげない淫夢系語録まとめ | 文脈をつなぐ

*4:ホモと見る平野店長のツイキャス.mp1 - ニコニコ動画

*5:バーチャルYouTuber事務所「Acclaim」設立と所属バーチャルYouTuber紹介のお知らせ|コネクトオン株式会社のプレスリリース

*6:ASCII.jp:歪みねぇ兄貴の強く生きる言葉、ニコニ国賓が来日 (1/3)

*7:これに関してひろゆき氏が何かとネットで持て囃されているのも、完全にマッチポンプといえます。

*8:Wikipediaではインターネットにおける鬼畜系文化は2000年までに消滅したとしているものの、2008年には「小女子焼き殺す」と2ちゃんねるに書き込んだユーザーが逮捕されるなど、実際にはそういった空気は保存されていたと考えるのが自然です。

2012年にはいわゆる「ハセカラ騒動」と唐澤貴洋弁護士への殺害予告が始まり、その過程で不謹慎、反社会スレスレなノリがニコニコ動画(例のアレ)やまとめサイトなどへと輸出されていきました。

鬼畜系#インターネットでの動向 - Wikipedia

(アーカイブ)「小女子焼き殺す」2ch殺害予告で逮捕の男、「コウナゴだ」と否認 - ITmedia News

「本当に逮捕されるか実験です」――2chでまた「小女子焼き殺す」予告 - ITmedia NEWS

炎上弁護士が実名告白「私に殺害予告が来るまで」(唐澤 貴洋) | 現代ビジネス | 講談社

*9:例のアレとは (レイノアレとは) [単語記事] - ニコニコ大百科 「このカテゴリタグに属するジャンル」の各記事を参照

*10:そうした実態がよく分かる例として、ニコニコ大百科の「aiueo700」の記事の掲示板を貼ります。(かなりひどい言葉が飛び交うので注意してください)

ニコニコ大百科: 「aiueo700」について語るスレ 1番目から30個の書き込み - ニコニコ大百科

*11:ここにいちいちリンクは貼りませんが、「〇〇(ジャンル名) wiki」で検索すれば大体のことがわかるはずです。

*12:noobie氏の「淫夢論」を批判する文脈で、背乃あぶら氏が淫夢をオワコンと評したのが2015年、その2年後には小学生が「野獣先輩ウイルス」なる構成プロファイルを公開して逮捕される事件が起きました。

「淫夢論」についてのせあぶら氏+αとのやりとり 主にLGBT的観点から - Togetter

中学生が作った「ヤジュウセンパイウイルス」とは トレンドマイクロが解説 - ITmedia NEWS

*13:ほぼ唯一の例外といえるのが上記のnoobie氏による「淫夢論」ですが、残念ながら背乃あぶら氏の言う通り評価に値する域に達していないと私も考えます。

*14:「元男の娘AV男優」こと大島薫氏の野獣先輩捜索企画は、顛末と結果はともかくとしてその壁を打ち破れる可能性があった唯一の例かもしれません。

「野獣先輩は架空の存在ではない」大島薫、元AV男優を捜索する理由を語る | ハフポスト